法雨抄

福とは笑顔2017年02月06日

もうすぐ節分です。
春の訪れの予感が心を暖かにしてくれます。

重松清氏は言う。
福を自己流に「ごきげんでいられること」と解釈すると、「福は内」と声にださずとも、
自然と頬がゆるみ笑顔になるときがある。
福とはその笑顔に始まり、それが呼び掛けてくれるものすべてを指しているのではないか。
正しく「笑う門には福来る」なのだ。・・・たとえ今の状況がきつくとも、
その中に小さな喜びを見つけて微笑むと胸の奥にほんのりとした「福」がやどってくれるかもしれない。
(長崎新聞・「暦の余白に」より)

その福を私は「さいわい」と読み替えたい。
胸の奥にその宿所(やど)を広々と取っておこうではありませんか。

日蓮大聖人十字御書に曰く

付きは山より出でて山を照らす、・・・
さいはいさいわいは心よりいでて我をかざる。

平成29年2月1日 「福とは笑顔」 第707号

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