法雨抄

低く鋭い弾道2006年07月01日

 越田省吾カメラマンはボンで日本代表の練習風景を見たうちの印象的だった場面を二つ「ドイツから」(朝日新聞)のコラム欄に書いていました。
 シュート練習はゴールを決めた選手から抜けていくのだそうですが、
「何時も最後まで残った選手をからかう笑い声に包まれる。しかしある時、何度ネットを揺らしても打ち続ける選手が一人いた。繰り返し描かれる低く鋭い弾道。その残像が、クロアチア戦とブラジル戦で彼が放った好シュートにぴたりと重なった時、思わずうならされた」と。またもう一つは
 「暑い日、ミニゲームの合間、彼は水分補給をする他の選手たちから遠くはなれてピッチに坐り、じっと前をみつめたまま再開をまっていた。
 ブラジルに敗れてピッチに倒れたまま動かない彼を目にして、驚かなかったのは、その姿がずっと目の奥に残っていたせいか」と。その「彼」とは中田英寿選手のことです。越田カメラマンは彼の声が聞こえてきてように思えた、と書いています。
 どちらも、テレビ観戦の私たちにも印象的な場面でしたが、二つ目の場面はやることはやったという満足と、それでも力及ばなかったあきらめとが、ダブっていたように感じました。しかし、彼は何べんもシュートを繰り返して、独自の弾道をきめていたように、この閉塞状況を打開する弾道もまたきめてくれるのではないでしょうか。
 暇と安楽から生まれるものは、単なる思い付きでしかありませんが、死中にあってなお活をもとめて止まぬ堅固な心があれば、神仏の啓示もえて、本物の道が開けるというものではないでしょうか。
 好漢更に精進あれかし、と祈るのみであります。
 日蓮聖人は真言諸宗違目に
 「必ず心の固きによって、神の守り即ち強し」


平成18年7月1日 「低く鋭い弾道」

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