法雨抄

心の師となれ2001年02月01日

 先月末JR新大久保駅で、酔っぱらって線路に落ちた男性を助けようとして亡くなった、韓国人留学生李秀賢さんとカメラマン関根史郎さんの勇気ある行動は各方面に大きな感動を与えました。
 李さんは将来は大統領になるんだなどと話していたということですが、日本語学校に提出した入学理由書には
 「日本で見て、聞いて、感じたのを元にして韓国または日本の貿易会社に入社して両国の交易について確実な第一人者になろうと思います」(朝日新聞)
と、書かれていたということですが、前途誠に有為な青年で、惜しみてもあまりある好青年だった事がうかがわれます。
 関根さんも
 「無口だけど優しくて、年下に慕われていた。責任感も強い子だった」(朝日新聞)
と、お母さんが振り返るように、人の難儀を見て黙って見過ごす事の出来ない立派な人だった事がうかがわれます。
 「電車が間近に迫っているのに、どうして飛び降りたの・・・」
と、お母さんがもらされたと言うことを聞けば誠にやるせなくなります。
 それにしても、一人の酔っ払いの為に、有為な二人の命まで奪われてしまったことに、何とも言いようのない憤りを感ぜずにはいられません。
 袖触りあうも多生の縁とか申しますが、人間とは人の間柄を示すように、私たちは決して自分一人ではありません。どんな時でも回りの人の御陰を頂いているのではないでしょうか。そうだとすると、自分勝手な行動にも限度が在ろうと言うものです。
俺が何をやろうと自由だと言うかも知れませんが、その自由は責任の裏付けがあって始めて自由なのではないでしょうか。
 日蓮上人は兄弟抄に
 「心の師とはなるとも心を師とせざれ、とは六波羅蜜経の文なり」
と、戒めておられます。

平成13年2月1日「心の師となれ」

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