法雨抄

唯佛是真2005年11月01日

 何の雑誌であったか忘れましたが、こんな話が妙に印象に残っております。
 猫に狙われた鼠は路地の狭いところ、曲がりくねったところと一生懸命に逃げ回りますが、猫は執拗に追いかけてきます。其のうちに疲れ果てた鼠はたまたまそこにあった小さな穴にたおれこみました。そこは鼠には入れたが、猫には入ることができませんでした。いかに執拗なあの猫でもこの穴の底までは手もとどくまい。鼠はやっと一息つきました。
 しばらくするとワン、ワン、ワワンと犬の鳴き声がします。鼠は仲良しのジョン君が助けに来てくれたんだと思いました。もう猫の息遣いも聞こえません。ジョン君があのうるさい猫を追い払ってくれたのならジョン君にお礼を言わなければならないなと思った鼠はおもむろに穴から出てきました。すると鋭い猫のつめが鼠を踏みつけたのです。辺りにジョン君の姿は見えません。鼠は虫の息の下から「これは一体どういうことなの」と聞くと、猫は「いまどき二カ国語ぐらい使うのはあたりまえなんだよ」と言ったという落ちでした。
 しかし、其の犬の鳴き声は、猫の偽りの声だったのです。偽りの声で誘って、相手の息の根を止めると言うやり方はいかがなものでしょうか。利をもって誘い、骨の髄までしゃぶって放り出すと言う非情、「うそも方便」と言ってしまえばそれまでですが、そのような実例が私達の周囲にもたくさんありはしないでしょうか。一時的には利益を得ても、倫理道徳に反した行為はやがて世間の信用をもなくしてしまい、わが身の破滅にもなりかねません。
 聖徳太子は「世間虚仮 唯佛是真」と残されましたが、誠か嘘か渦巻く世間にあって、真実を見る目を養うことが大事だと教え、其の拠り所を仏の教え、殊には法華経に求められたのでした。日蓮上人曰く
 法華経をたもち奉るより外、遊楽はなし。現世安穏後世善処とはこりなり。(四条書)

平成17年11月1日 「唯佛是真」

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