法雨抄

心のぬくもりを1999年10月01日

 地元のN新聞は九月二十九日の下関駅無差別殺傷事件をこう報じていました。
 男が運転する白いハッチバックの乗用車はロータリーから駅沿いの歩道に乗り上げそのまま通行人四人を次々にはね飛ばしながら徐々にスピードを上げ駅へむかった。
 車は時速約六十キロ。駅東口のガラス戸を突き破り、構内のコンコースに侵入した。まず近くにいたM・Mさんをはね飛ばし死亡させた。さらに、スピードを緩めずにT・Mさんを引きずったまま約三十メートル走行、その間に一人をはねた。目撃者の話では、男は顔に笑みすらうかべていたという。
 車は自動券売機の前で急停車。車の下のT・Mさんは頭から血を流しうつ伏せで倒れていた。
 男は車を乗り捨てると、刃渡り約十八センチの文化包丁を手に一人に切りかかり、青白い顔で改札口を通過。ホームへと続く階段を一気にかけあがり、途中、居合わせた駅員の顔に切りつけた。
 まもなくホームへ。大声で何やら叫び、包丁を振り回しながら列車待ちの乗客に襲いかかった。云々
 何ともすさまじい事で、顔におお笑みをうかべながらこんな事が出来るなんて、人間じゃありませんね。
 その道の先生方は社会からの孤立感、疎外感による突発的な犯罪とおっしゃっていますが、こんな事が次々におこるのは、バブルがはじけて以来人と人との心が冷めきってしまった結果ではないでしょうか。
 日蓮上人は「国土乱れん時は先ず鬼神乱る、鬼神乱るが故に万民乱る。‥‥百鬼早く乱れて万民多く亡びぬ。先難これ明らかなり、後災何ぞ疑わん」(顕立正意抄)と、人々が心を暖めあうことを忘れ、「鬼」のように冷め切ってしまうと、万民多く亡ぶということになるとおっしゃっています。
 戦後の日本の復興は、敗戦という極限状況の中で暖めあった日本人の心のぬくもりを盛り上げていって成ったものでした。そのぬくもりをもう一遍とりもどさなければ同じような事件は後を絶たないでしょう。

(平成11年10月1日) 心のぬくもりを

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